松原のぶえさん

市川福之介 OFFICIAL FANCLUB『福路』

2026/09/18 21:00

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9月14日、月曜日。

 

その日は朝からいつものように、部屋でパソコンの作業をしていました。

 

今週から続く敬老会のタイムスケジュールやプログラムを作っていて、ちょうど松原さんとご一緒する、その資料を作っていた時でした。

 

と、その時!

 

部屋をノックして、美保さんが入ってきた。

 

「松原さん、亡くなったって」

 

あまりにも予想していなかった言葉だったので、一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。

でも、美保さんの深刻そうな、悲しそうな顔を見たら、その言葉が本当なんだということはすぐに分かりました。

 

すぐに師匠の部屋へ行くと、そこには昇さんもいて、二人とも、突然突きつけられた事実に、

 

「ほんまか?」

「この間会ったばっかりやぞ」

 

と、信じられない様子でした。

僕も同じでした。

 

だって、ほんの数十秒前まで、今週、松原さんと一緒に仕事をするつもりで、松原さんの名前が入ったタイムスケジュールやプログラムを作っていたんです。

それなのに突然、

 

「亡くなった」

 

と言われても、到底現実のこととは思えませんでした。

 

でも、そんな気持ちとは関係なく現実はどんどん動いていき、しばらくすると、役場から電話が鳴り始めました。

この9月、これから4か所の敬老会で松原さんとご一緒する予定でした。

その役場の担当者さんから、

 

「ニュース見てびっくりしました」

「今度の敬老会はどうなるんですか」

「代わりの方は立てられますか」

 

と、次々に電話が入ってくる。

早いところは18日。

つまり4日後。

なので、悲しんでいる場合でもなく、そこからは一気に現実的な対応に追われることになりました。

 

出演者の調整。

タイムスケジュールの書き直し。

プログラムの変更。

変更になった曲の音源の用意。

送迎の配車の組み直し。

ホテルのキャンセル。

代役が決まったら、また各所に電話。

そして、それらを逐一役場と共有。

 

次から次へと、やることが出てくる。

 

急な対応が一気に増えたので、もっと慌てるかと思っていたんですが、これが意外と不思議なくらい僕は冷静でした。

あたふたすることもなく、割と淡々と一つずつ進めていました。

 

でも、今になって思えば、あれは冷静とはちょっと違っていたと思います。

たぶん、現実だと思えてなかったんだと思います。

 

ずっと夢の中にいるというか、なんかふわふわしているというか。

そんな感覚でした。

 

 

松原さんと最後にご一緒したのは、9月5日の『日高川町敬老会』でした。

 

その日は、松原さんの「おんなの暦」という曲で横で踊らせてもらいました。

 

歌手の方の横で踊らせていただくというのは、踊り手としてはもちろん光栄なことなんですが、歌手の方によっては横で踊られるのを嫌がる方もいます。

 

やっぱり気が散りますし、その拍子に歌詞が飛んでしまうことだってあるかもしれない。

 

なので基本的には、歌手の方より一歩後ろへ下がって踊るんです。

 

でも松原さんは、

 

「せっかくだし、私、福ちゃんの踊り見てたいから、もっと前出ていいよ」

 

とか、

 

「福ちゃん、私端に寄るから、もっと真ん中寄ってきて」

 

とか。

 

そんなふうに言ってくださって、僕が横で踊ることを本当に喜んでくださっていました。

まあ、お世辞だったのかもしれませんけど(笑)

 

でも終わったあとにも、

 

「すごく綺麗だった」

 

と褒めていただいて。

 

僕、褒められるのが三度の飯より大好きですから。

(知ってる)

 

嬉しかったなあ。

 

そしてそのあと、松原さんと写真を撮ってもらいました。

この9月だけでもまだ何回もご一緒する予定だったので、その時は、

 

「まあ、今月のどこかで写真撮ってもらえたらいいか」

 

くらいに思っていました。

でも、たまたま時間があったのでお願いしたんです。

 

すると、

 

「綺麗な人とは一緒に写りたくない」

 

なんて冗談を言いながらも、快く撮ってくださいました。

まさか、それが最後の写真になるなんて思ってもいませんでした。

 

 

僕が松原さんと初めてご一緒したのは、2023年9月の『紀美野町敬老会』でした。

 

もちろん最初の印象は、

 

「THE・スター」

 

着物を着て舞台で歌っている姿は、偉そうに聞こえるかもしれないけど、やっぱり様になるし、かっこいい!

それに、歌われる曲が、

 

「あ、この歌知ってる」

「これも知ってる」

 

という曲ばかり!

紅白歌合戦にも何度も出場されてきた、本当にすごい歌手なんだなと改めて思いました。

 

舞台に立った時の存在感も、オーラも、

間違いなくスター!

 

でも、そんなスターが最初の頃から僕のことを、

 

「福ちゃん」

 

と呼んでくれたんです!

 

こんな名も知らない田舎の役者を(笑)

 

普通に、親しみを持って接してくださる。

僕にはそれがすごく嬉しかったです。

 

その2023年の紀美野町の時も、松原さんの横で踊らせてもらいました。

 

紀美野町の敬老会は2日間あって、初日の夜だけは「町民癒しのコンサート」という、チケットを販売して一般のお客様にも見ていただく形でした。

 

その夜のコンサートだけ、僕が松原さんの歌で踊ることになっていたんです。

 

で、僕が舞台に出ていった瞬間、

 

「福ちゃーーーん!」

 

と、客席から割れんばかりの黄色い歓声。

 

いやあ、人気者はつらい。

(嘘つけ)

 

まあ、あの時の客席は、江戸村のお客様が大半だったからね(笑)

でも松原さんからすると、そんな事情は分かりません。

たぶん、その歓声を聞いて、

 

「私は知らないけど、この子、地元ですごい人気ある子なんだ」

 

と思ってくださったんでしょうね。

終わってから、

 

「あんなにお客さんが喜んでくれるなら、明日の敬老会でも歌うから踊ってよ」

 

と言ってくださったんです。

その松原さんの一言で、急遽、翌日の昼の敬老会でも踊らせてもらうことになりました。

 

で、翌日。

 

昼の敬老会は、その地区の高齢者の皆さんが対象です。

つまり、僕のことなんか知らない人がほとんどです。

曲のイントロが流れて、

 

「さあ、この曲は皆様お待ちかね、あの市川福之介さんに踊っていただきます」

 

という壮大な紹介を松原さんがしてくださって、僕が舞台に出ていく。

 

シーン。

 

……

 

…………

 

無風というか、凪。

 

昨日の、

 

「福ちゃーーーん!」

 

はどこへ行ったんやと(笑)

 

そりゃそうでしょう。

昨日は江戸村のお客さんがほとんどで、僕を知ってくれている人がいっぱい。

 

今日はほとんど知らない。それだけのこと。

何もおかしくない。

でも終わったあと、松原さんが一言。

 

「今日のお客さんはおとなしいね」

 

……

 

…………

 

………………

 

いや、違うんです。

お客さんがおとなしいんじゃないんです。

単純に僕の知名度が圧倒的にないんです。

 

今思うと、それもすごくいい思い出です。

 

 

最後にご一緒した『日高川町敬老会』の前日、9月4日。

松原さんが和歌山に来られた際、その足で江戸村にも寄ってくださいました。

客席の「り-4、5」あたりに座られて、みんなで囲んでお話し。

 

そこへ、智保さんの飼っている犬、小鉄がやってきました。

松原さんも犬を飼っていらっしゃるそうで、小鉄が来ると、

 

「小鉄〜」

 

と嬉しそうに呼ぶんです。

ところが、その小鉄。

なぜか僕のところへ来て、膝の上にちょこんと座る。

それを見て、松原さんが、

 

「なんで福ちゃんのところ行くの、もう」

 

みたいな感じで、ちょっと嫉妬するんです(笑)

小鉄も最初は少し人見知りしていましたけど、最後には松原さんのところへ擦り寄って、いっぱい可愛がってもらっていました。

 

本当に、ついこの間の出来事です。

だから、いまだに信じられないんでしょうね。

こんなことなら、もっといろんな話をしておけばよかった。

 

まあ、と言っても、自分から話しかけに行くのは恐れ多く、いつも松原さんの方から優しく話しかけてくださって、それでいろいろ話をさせてもらうことが多かったです。

 

でも、こんなに早くお別れが来るんだったら、もっといろんなことを聞いておけばよかった。

 

舞台のこと。

 

歌のこと。

 

どうやれば歌が上手くなるのか。

(まあ、僕の場合、聞いたところでどうにかなったかはわからないが)

 

でも、本当にいろんなことをお聞きしたかった。

 

僕から見た松原さんは、本当に舞台に真摯で、優しい方でした。

 

お客様に対しても、スタッフに対しても優しい。

偉ぶらない。

 

あれだけのスターですよ。

天狗になっていたって不思議じゃない。

 

むしろ、ならない方がおかしいくらい。

僕なら絶対に天狗になる自信があります。

(それはそれで問題だが)

 

松原さんは舞台のトークの中でも何度も、舞台に立てることへの感謝を口にされていました。

 

お客様の前で歌えることの喜び。

 

初めての場所で歌えること。

 

初めて自分の歌を聴いてくださる人に出会えること。

 

そういうことを、本当に嬉しそうに話されていました。

 

ここからは、僕の勝手な想像です。

 

松原さん自身、大きな病気を経験されて、そこから舞台に復帰されています。

 

だからこそ、

 

自分の好きなことを仕事にして、

好きなことでお金をいただいて、

その好きなことで人に喜んでもらえる。

 

それって、この上ない幸せなんじゃないか。

 

もしかすると松原さん自身、そんなことを考えていたのかな、と。

(まあ、僕が勝手にそうじゃないかと思っているだけですが)

 

 

でも、そんな松原さんの姿を見ていて、

僕自身も思ったことがあります。

 

 

僕も、自分の好きなお芝居をして、舞台に立って、

それをお客様がお金を払って見に来てくださって、

喜んでくださる。

 

これって、本当はものすごく幸せなことなんですよね。

 

分かっているつもりでも、

毎週舞台に立っていると、

どうしてもそれが「当たり前」になってしまう時があります。

 

でも、当たり前じゃないんですよね。

今あるこの環境を、もっとありがたいと思わないといけないな。

 

松原さんを見ていて、そんなことを思いました。

 

 

今はまだ、悲しいとか、寂しいとかよりも、

 

「信じられない」

 

という気持ちが一番強いです。

 

次の現場に行っても、普通に松原さんがいて、

 

「福ちゃん」

 

って呼ばれるような、気がします。

 

松原さん。

 

あなたの横で踊らせていただいたこと。

 

「福ちゃん」と呼んでいただいたこと。

 

今になって思えば、本当にこの上ない幸せなことでした。

 

願わくは、

 

まだ何回も踊りたかったです。

 

本当にありがとうございました。

 

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